命の尊さ・4

命の尊さが分からなければ、結局人権もなにも始まりませんし、人をないがしろにしてしまう元になるでしょう。

親鸞会という親鸞聖人の教えを伝える集まりでは、親鸞聖人の教えに、命の尊さが教えられていると話ししていました。

仏教には、人生の目的が教えられており、仏教を聞くと、人身受け難し今すでに受く、と人間に生まれてよかったの

生命の歓喜をえることができるそうです。

仏教と聞くと、死んでからのことを教えたイメージがありますが、実は、生きている人に、生きている目的を教えた教えだったのですね。

生命の大切さは、非常に重く、深い問題なので、お釈迦さまや親鸞聖人のような方から教えてもらわなかったら、本当のところは分からないのかも知れませんね。

そして、テーマが大きいので、1回や2回、聞いたくらいでは、とうてい知りえない問題でしょう。

命の尊さ 3

一期一会(いちごいちえ)という言葉があります。

一期とは、一生という意味ですから、一生涯で、これが最初で最後、と思うと心を込めて人に接することができたり、物事に打ち込めたりするものです。

いつまでもいて当たり前、いつもあって当たり前に思っていると、接し方がぞんざいになってしまいます。

ましてや、死んでもリセットできると思っていると、命をおろそかにし、人そのものも簡単に傷つけてしまうでしょう。

かけがいのない命と知ることが、他人を思いやる根っこの部分で大事なことだと思います。

命の尊さ・2 いじめ防止

命の尊さを知ることは、いじめをなくす上で大切なことであり、根本的な問題です。

浄土真宗、親鸞聖人の教えを伝える集まり、親鸞会では、命の意味、命の尊さ、生きる意味、生きる目的をハッキリと教えていました。
親鸞聖人は、今年で亡くなられてちょうど750年ということで、各地で催しもおこなわれているようです。
そもそも親鸞聖人は、4歳で、お父さんを、8歳でお母さんを亡くしておられます。
肉親の死というもの通して、命の大切さを感じられたのかもしれません。
限りある命、今日という日は、もう二度とこないのだ、という無常観は、人の命に重みを感じさせます。
お盆も近いですし、無常を通して、命について考えることもいいのではないでしょうか?

命の尊さ

自殺防止に、命の尊さの教育はかかせないといわれます。

しかし、感覚的に「命は尊い」と思える人と「命は別に尊くなんかない」という人があります。

こんな二人が「尊い」「尊くなんかない」と言い合っても水掛け論に終わってしまいます。

命が尊いならば、なぜ尊いのかを示さねばなりません。

例えば、教育者であっても、聖職者であっても、「生きる意味はない」などという人があります。

生きることに意味がないのに、命にだけ意味があるとは話が通じません。

命に意味があるのならば、生きることにも意味があるはずです。

浄土真宗、親鸞聖人の教えを伝える集まり、親鸞会では、命の意味、命の尊さ、生きる意味、生きる目的をハッキリと教えていました。

とても大事なことだと思います。

いじめの根っこ 人を尊べない・5

いじめの根っこは、人を尊べないところにあると親鸞会という浄土真宗の人に教えてもらいました。

なんのために生まれて

なんのために生きるのか

分からないなんて、そんなのはいやだ!

 

これはアンパンマンの主題歌、アンパンマンのマーチ☆

これが分からないと、人を心から尊ぶことはできないのですね。

いじめの根っこ 人を尊べない・4

 

いじめの根っこは、人を尊べないところにあると親鸞会という
浄土真宗の人に教えてもらいました。

「命は尊い」と言葉では耳にしますが、どうしてそうなのかきちっと話ができる人というのはどれくらいあるのでしょうか?

分からなければ人に教えることはできません。
とはいっても浅い問題ではありませんので、各自考えましょうではなかなか答えにたどりつけないでしょう。

ここは専門家に聞くのが一番です。
では一番の専門家とはどなたかといいますと、
それがお釈迦様なのです。

四大聖人といってもトップにあげられるお釈迦様が命の尊さについて教えておられます。

いじめの根っこ 人を尊べない・3

いじめの根っこは、人を尊べないところにあると親鸞会という
浄土真宗の集まりで語られていました。

前回、書きましたように、お釈迦様は、

天上天下唯我独尊

といわれ、大宇宙で、ただ我々人間だけが【たった独つの】尊い使命を持っている、と教えられたのでした。

お釈迦様が教えられたこと一つ伝えられた親鸞聖人もまた、生きる意味を明らかにしていきました。

人を尊ぶ気持ちは、生きる意味をお互い感じられるところからくるのではないでしょうか。

いじめの根っこ 人を尊べない・2

いじめの根っこは、人を尊べないところにあると親鸞会という浄土真宗の集まりで学びました。

何のために生まれてきたのか、
何のために生きているのか、
なぜ苦しくても生きていかねばならないのか、

これが人生の目的です。

人生の目的と趣味生きがいは根本から違うようです。

趣味生きがいは、ひとそれぞれ違うものですが、
人生の目的は万人に共通したもののようです。

なので、お釈迦様は、

天上天下唯我独尊

といわれ、大宇宙で、ただ我々人間だけが【たった独つの】尊い使命を持っている、と教えられたのでした。

いじめの根っこ 人を尊べない

いじめの根っこは、人を尊べないところにあるのではないでしょうか。

人のいのちはなぜ尊厳といわれるのか、

生きる意味が尊厳であるからだと言われます。

このことをお釈迦様は

天上天下唯我独尊(てんじょうてんがゆいがどくそん)

といわれました。

天上天下、この大宇宙で、

唯、我々人間だけが、たった独つの尊い使命を
持っている、といわれたお釈迦様のお言葉です。

お釈迦様の教えを今日、仏教と言われますが、
仏教には、その尊い生きる意味が教えられているのです。

親鸞会という集まりでは、その仏教について分かりやすく
教えられていました。

いじめの根本は…

いじめの根っこは、人を人と見れないところにある、とも言われます。

相手が、モノなら、どれだけいたぶっても問題ありませんし、罪悪観も生まれません。
ですから、時間はかかるかもしれませんが、人の命の大切さを伝えることが、いじめの防止になると思います。

いのちの尊さは、いのちの意味、生きる意味を知り、尊ぶところから起きるでしょう。

まず、自分がそのことをしっかり学んでこそ、いじめの恐ろしさを伝えられるのだと思います。

では、どこで学べばいいのでしょう。
たとえば、日本古来からある「仏教」には、いのちの尊さが教えられています。

「なぜ人間に生まれたことが有り難いのか」
分かりやすいたとえで教えられているページがありました。
 ↓↓↓

仏教講座|なぜ人間に生まれたことが有り難いのか|浄土真宗 親鸞会 公式ホームページ

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